風物百選 33 阪南港灯台
油彩 木ノ元健一
火信(かしん)、灯明台(とうみょうだい)、澪標(みおつくし)…古く遣唐使のころ、大宰府は昼は狼煙(のろし)、夜は篝(かがり)をたき、また、使い船は炬火を灯して互いの目印とした。火信というが、これは我が国灯台の遠由といわれている。
近世灯台の嚆矢(こうし)は江戸条約にある。これには「外国交易ノタメ開キタル各港…灯明台、浮瀬木印ヲ備フヘシ」とあり、これを受けて明治二年、横浜元弁天に外国官(外務省)灯明台局を設置。この年元旦、東京湾観音崎に白色れんが造り洋式灯台が、海洋国日本の維新れい明を点灯した。ちなみにその光源は落花生油である。
現在の航路標識は、紅白黄緑四色の明暗閃滅により航路の安全と危険を指標している。灯光を発する灯台浮標と、彩色形象による立標浮標は四色に黒を加えて五色の象形であり、古くには浮瀬木印、澪標といった。大阪の市章はこれを象(かたど)っているが、寒暑風雨にめげず船人の安全を願って身を尽くす心は、海上保安の使命感を示唆しているとも思う。「阪南港灯台」は、近代岸和田港の象徴といえる。昭和27年、新港西北両防波堤竣功(しゅんこう)の時より30年、紅白こもごもの閃光を点じつつ阪南港の発展を見守ってきた。
『岸和田港湾発展史』によれば、寛政三年、この地に古城川じり船入り場が築かれ、その西端に位置する不動岬に波切不動明王の御神灯ろうが献灯された、ということである。その不動岬常夜灯も岸和田港西北両防波堤灯台も今はない。海へ向けて開けて行く阪南港の発展と市民の安全を守る願いをこめて、全国でも珍しい港口水門が築かれつつある。この灯台は新設の沖防波堤に新しく輝くこととなるであろう。
文 吉富明雄
資料
木材コンビナートの貯木場の西端、小波止の先端にある、岸和田一文字の赤灯台に対して白灯台といわれ、木材港の門戸を扼している。
交通
阪神高速4号湾岸線北インター西1キロメートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
