風物百選 15 蛸地蔵駅
油彩 山岡 洋子
大正3年開業時の駅は、今より少し南に位置したそうである。大正14年に新築された現駅舎は南欧風の斬新な建物であり、40メートルにも及ぶ上屋と、煉瓦を敷き詰めたプラットホーム(嵩上げ後、見ることができない)を持つ。在阪私鉄の各駅と比べて遜色がなく、誇って語れる駅である。
そのころ南海鉄道の資本家であり、のち社長となった寺田甚吉氏が南町に邸を持ち、岸和田城址近く、風致地区内に泉南地方唯一の中学、府立岸和田中学校(明治30年創立・現岸和田高等学校)、岸和田区裁判所等が在ることを併せ考えると、立派な駅を造ったことがうなずける。東に広がる田畑の向こうには寺田万寿病院建築の槌音が響き、西の彼方には天性寺(たこじぞう)の宝珠が望めたたたずまいの駅であったと聞く。
その後、大戦を経て時代の流れは駅周辺をも変えたが、西側の一画には落ち着いた風情の居宅がひっそりと建ち並び、まだまだ良い雰囲気が残る辺りではある。
たこじぞうに多くの参けい客を迎えた往時と比し、通勤、通学の人々が増え、一日一万余人の乗降客を数える昨今。この駅もこののちどのように変わるのであろうか。
なんば駅より27.158キロメートル、岸城町16-2、たこじぞう駅の所在である。
文 日根 英一
資料
南海本線では、大正以前の駅舎は数棟しか残存せず、この蛸地蔵駅は貴重な存在となっている。ちょうど駅舎付近は旧岸和田城の南大手にあたるといわれる。
交通
南海蛸地蔵駅
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
